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住まい再考

【094】 「住まいと外観」


テレビニュースに出る機会の多い、ある政治家の自邸が、設計者仲間の話題に上ったことがありました。「大物政治家だったら、もう少し感じの良い家に住んで然るべきだ」「その点、吉田、鳩山、岸、三木の歴代総理の家はさすがに品格があった」という話でした。

そして今日、その大物政治家がテレビや新聞の話題をさらい、外観の印象そのままの事態が明らかになるに及び、家の外観の重要性を改めて思い知らされています。

かねがね云われていることですが、家の外観には、見えない筈の内側までがその家独特の表情となって現れてくるのでしょう。そこで今回は、住まいの外観について考えてみたいと思います。

外観の美しい、感じのよい住まいを持ちたいというのは誰もが願うことです。しかしこれは、云うは易く行うに難いことでした。外観に対する意識が強すぎるために自分の家の外観ばかりに気をとられ、周囲のことを考えに入れる余裕がなくなるからです。建物の単体としては美しく映っても、結果として近隣との調和が保たれず、感じの良い住まいとはいえないものになってしまうのです。

私達は、多くの隣人に囲まれて共同社会を構成しています。自分本位の建物は、自然を破壊したり都市景観を損ねたりするおそれがあります。一方、住まいも隣人との調和を図ることは、美しい印象の住まい造り、ひいては街造りにも、非常に効果的な方法です。

それについて、世界的な建築家は私達に耳を傾けさせるような次の言葉を残しました。「調和を追及することは、人間の情熱の中で最も気貴いもののように思われる」(ル・コルビュジェ)
「その敷地にとって、構造物が充分に適合していると感じた時に、私達はそれを美しいという」(フランク・ロイド・ライト)

環境を配慮した建物が多い住宅地ほど人々に好感を与え、住んでみたいと思わせる魅力をもっています。そんな街や村をお互いに造っていく責任を、家を持つ人、家を造る人は負っていると思うのです。これが成されたら、日本はどんなに美しく住み易いところになるか知れません。お互いに隣を思い遣る心の現われだからです。
降幡廣信