
住まい再考

夏のものから秋のものに、さらに秋から冬への衣替えの季節です。
もう何年も使って古くなっているにもかかわらず、捨てるには惜しくて今年もまた使うことになるものがある筈です。倹約のためもあるかも知れませんが、決してそれだけではありません。大事に着ているうちに愛着が増し、新しいものに替えることのできない、心の中の良いものになっているからです。
「女房と畳は新しいほど良い」という諺がありますが、どうも全てに当てはまらないようです。たしかに薄汚れた畳に比べ、新しい香のする青畳は良いに違いないのですが、使い込んで黄ばんだ畳も決して悪くはない。むしろ青畳にない落ち着きがあってこの方が良い、という人が大勢いるかも知れません。
中には、古い建築物や骨董品のように、古いほど価値のあるものもあるようですから。
このように、あらゆるものに言えることですが、新しいものは古いものよりも優れているとは言い切れないのです。目新しいということが良いことではない。また、美しいということでもないからです。
新商品は流行という目新しさを魅力として造られているのです。最新型のものが前の型のものより優れているとは言い切れないのです。また、前のものより美しいということでもないのです。最新型の車に乗っていることが、必ずしも良い車に乗っているということではない。むしろ最新型車は故障し易いといいます。その上で乗っているということは、新しさに満足して乗っているということかも知れません。そういう車ですから、買う側にとっては本当の良さが見分け難いものなのです。
これが住宅の場合では、もっと難しいと言えましょう。新築当時どんなに良くても、数年して見る影もなくなってしまうのでは困ります。住宅は、他のいかなるものにも増して、耐久力を必要とします。住むほどに愛着が湧き、新しかった時より魅力を増す住まいでありたいものです。
要するに、良い住まいとは新しいとか古いということは関係なく、お金や面積の大小とも関係がありません。住む人が、末ながく家族仲良く幸せに生活できる家ではないでしょうか。
降幡廣信














