
住まい再考

住まいは、住む人のその時々の生活を優先して機能的に造られます。先のことを考えに入れていても、総てを満たすことは不可能です。子供も成長しますし、若い当時には想像だにできなかった老化も実感させられます。物も増え、当時の生活の方法と今日のそれにも違いがでてきます。このように、生活のギャップを埋め、より快適な住まいにするというのが模様替えです。
先日、模様替えのご相談をいただき、25年前に手掛けたお宅へお伺いしました。
新築当時の印象を強く持っていた私は、今日の住まいから、25年の生活の歴史を目の当たりにして、感慨深いものがありました。それは、住む人とも共通した思いでしたが、良く、25年の間、健やかでいてくれたという感慨でした。
25年の経過の中で、家族の方々が大事に扱って下さったために、新築当時になかった落ち付きや、優しい美しさが備った姿を目の当たりにしてご家族に対する感謝の思いが込み上げてきました。同時に家族の方々に大事にされ可愛がっていただいて、本当に倖せな家だったねといって、嫁がせた娘と喜びを分かち合う気持ちと似たものを感じたのです。
一方、家主夫妻からは家に対して家族同然の思いを持っておられる言葉をお聞きしました。まさに、人と生活を共にしている家は、長い年月の間にただの物質ではなく、心の交じり合う家族の関係になっていることを教えられたのです。これが、本来の家とそこに住む人の関係ではないのでしょうか。
そんな思いは、生活を共にした家具調度にもあるようです。かつて、お嬢さんの愛用したピアノが部屋の中央にデンと座っていて、「模様替には不必要に思えるために、娘が嫁に行く時、持っていってくれてもいいが…」というご夫妻の対話の中に、そうすればお嬢さんと共にした生活の証明が一つ消えるという淋しい思いが脇にいた私にも伝わってきたのです。
このように住まいは、家族にとって思い出のぎっしり詰った、かけがえのない、「生活の博物館」そのものなのです。そのようなところを念頭におきながら計画を進めることが、模様替のポイントなのかも知れません。
降幡廣信














