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住まい再考

【134】 「なまこ壁」


松本の土蔵造り風の古い旅館が取り壊されると伝わるやいなや、その建物を惜しむ声が、各所から上がりました。

その理由は、建物に歴史があり、街に美しい景観を提供していたからでもあります。その建物が人を魅き付け、人の心に強い印象を残してきた秘密は、白漆喰の壁と、腰の「なまこ壁」による土蔵造りの意匠に外なりません。松本の街に似合っていた、この不思議な魅力を、皆さんが惜しんでいると言うことでしょう。

土蔵造りの腰壁に用いられてきた「なまこ壁」は、平瓦を貼りその目地(継目)の断面を半円筒形に盛り上げ、白漆喰で塗り上げた壁です。この白と黒のなまこ壁が、土蔵造りをどんなにおしゃれに演出しているか知れません。

「なまこ」を正式に漢字でかけば「海鼠」ですが、「生子」とも書きます。海鼠では面倒臭いからこんなあて字を使っているのでしょう。

建築の材料では、トタン板を波形にしたものを生子板と呼んでいます。最初、外国から入ってきた波形鉄板を見た人が、円味を帯びて、肌がぬらりとしているところが海鼠に似ていると感じたからでしょう。一方、同じ波形ですが石綿スレートの板の製品は、波形と呼んで生子とは呼びません。肌の感じからは海鼠とは縁遠い感じだからでしょうか。金属を精錬したインゴットを「なまこ」ということからも、肌のぬらりとした質感と無縁ではないようです。

土蔵造りに使われている「なまこ」の肌は、円味を帯びた漆喰の表面が磨き上げられ、つるつるしていて、その名称が海鼠からきたことを納得させてくれます。

このなまこ壁は全国各地に使われ、今日も見られます。伊豆の下田は特に有名です。岡山県倉敷の米蔵群も見事です。全国的になまこは、斜線に盛り上げるのですが、倉敷では水平、垂直の線によって構成されたものが目立ちます。

なまこ壁は、一般住宅の土蔵ばかりでなく、文明開化を告げる洋風建築の壁面には多く用いられました。明治8年の慶応義塾演説館は今も健在で、「なまこ壁」の不思議な魅力をかもし出しています。

同じ洋風化でも、今日、文明開化の時代のような「なまこ壁」の復権は、望みようもありません。そんな時代であれば尚のこと、松本の旅館と共に消える「なまこ壁」が惜しまれているのでしょう。
降幡廣信