
住まい再考

世界最古の木造建築、法隆寺には多種の釘が使われていました。その事実は、釘が木造建築にとって必要欠くべからざるものであることを教えています。
一方、釘は木のために生まれ、木に対してのみ役立つものであり、木以外のものには使用されないものだったのです。
釘が木と木を継ぎ、木と他のものとを継ぐことができるのは、木の繊維が、ひとたび打ち込まれた釘を強く握り絞めて離さない、変形に対する復元力を持っているからです。
釘と同類の金物には用途に応じて様々なものがあります。日本では、鎹、目鎹、合釘等です。
釘は鉄の軸の先端を尖らせ、二者を突き通して継ぎ、鎹は、軸の両端を折って尖らせ、尖らせたところを両者に打ち込み継ぐ。目鎹は、一方は折って尖らせ、一方は釘穴で固定する。うぐいす張りの音の発生の基は目鎹です。合釘は、両端とも尖っていて、板を巾広く矧ぎ合わせる時に用います。
日本の釘は幕末頃までは和釘でした。一本一本鍛冶屋が叩いてつくる角断面のものでした。鉄資源の乏しいこともあって、大変貴重品だったことが伺えます。
西洋でも十八世紀までは叩いてつくりだす釘でしたが、十九世紀の後半、釘を大量生産できるようになりました。それは、丸形断面の長い鉄線を切断して釘に成形する方法が考案されたからです。
我が国の洋釘使用の最も古い現存建物は、明治十一年創建の福島県下のものだと言われます。
今日の釘には色々の形状のものがあります。螺旋状の溝がついていて、打つと回りながら入っていく物。軸に凸凹のついたもの。細い縦溝のついたもの。頭が二重になっていて、打ち付けても上の頭が出張っているため、簡単に抜けるものまで、多種多様です。
木材のために生れ貴重品だった釘も、今日では木材以外の鉄やコンクリートにも使用されます。又、随分多く無造作に使われる時代にもなりました。
かつての江戸では、火事があった時、焼け跡に貴重品の釘をひろう人達が大勢いたと言われます。今日とは隔世の感があります。
降幡廣信














