
住まい再考

今日の日本では、住宅が新築されてから取り壊しまでの年数は、二、三十年といわれています。日本人の寿命は八十年、住宅はその半分でよいのかと考えさせられます。ちなみに、アメリカの住宅は、日本の倍の寿命をもっているそうです。
そこには、住宅に対する使い捨ての思想と日本人の新しい物好み、そして、短命な住宅に経済成長の牽引役を負わせてきた背景があるのでしょう。
ところが、その先行きを危ぶむ声が聞かれる時代になりました。地球環境の問題が叫ばれる中で、建築材料の製造に伴うCO2による空気汚染、さらに建材と共にある有害化学物質による新築病。そしてごみの問題です。このままでは、今日の住宅は地球環境を脅かし、生活はおろか、人の命をも脅かすことにもなりかねないのです。
長持ちしないものが造られ、無駄に捨てられてきたことが問われる、そんな時がきているのです。この辺で立ち止まって、もう一度日本の住宅の原点を見直し、住宅を考え直す必要があるようです。本当に安全で住み易い住まいのために。
本来、わが国における良い家の条件として「丈夫で長持ち」という思想が浮かび上がってきます。ここで重要なのは、良い家には、そこに係わりを持つ人々の心のあり方が大きく影響しているということです。我が国では地震や風や雨、そして火災に常に脅かされてきました。そんな国であればこそ、災害に耐えてずっと長いこと家族を守ってくれる家を心から願ったのです。そして誠心誠意でそんな家をつくる工夫と努力がなされてきたのです。確かに丈夫で長持ちする家は、いつまでも安心して住める家であり、家族の幸せを守ってくれる家だったのです。
「丈夫で長持ち」。これが住まいの原点であることを昔の家は教えてくれます。
日本には千三百年の年月に耐えて今日に至っている世界最古の木造建築があり、又、五百年もの長い年月に耐えて今日に至っている民家もあります。これはとりもなおさず、日本人が「丈夫で長持ち」する良い家を心から願い、つくった証拠ではないでしょうか。そして使い手やすまい手は、そのつくり手の気持ちに応え、大切に扱ってきました。そこに双方の心のあり方が大きな力になっている事を教えられます。
降幡廣信














