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住まい再考

【160】 「女性大工」


NHK連続テレビ小説「うらら」では、若い娘さんが大工に弟子入りし、修行をしました。

私の設計事務所の若い女性所員も、社寺の大工になる念願を果たし、奈良の棟梁に弟子入りしました。

昔から、大工は「男性向きの仕事」と考えられておりました。重い道具を使ったり、重量のある木材を扱わざるを得ないからです。そうした感覚がありましたので、「最近の娘さんは元気があるなあ!」と感心させられておりました。しかし意外にも昔の京都にも女性の大工が働いていた事実があるのです。男性の大工が多くいるのに、どうして女性の大工が、と不思議に思ったのですが、男性より女性だから出来る仕事があったからです。それは御所の女官の住んでいる部屋の手入れや、諸々の破損の繕い等男子禁制の場には、女性の大工が好都合だったのです。

本来、良いものをつくる人は穏やかな優しい人が合っているのです。人の性質が緻密で美しいものを造り出す、と同時にそういう作業が、穏やかな優しい人を造り上げていくといわれます。そういう点から女性には、男性とは一味違った、美しい、穏やかな仕事を残してくれる資質があると思います。

大工に限らず職人は親方次第といわれます。弟子としての修行が重ねられ一人前になっていくのですから。修行年限は見習奉公四年と、一年のお礼奉公を合わせて五年。五年経てば、年季明けになり、独立できるのです。

一昨年に亡くなった京都の著名な数奇屋大工中村外二氏によると当時の修行は十年だったということです。五年になったのは昭和からだそうです。

戦前は親方の家に住み込んで、仕事以外の雑用も大切な修行の一つとされておりました。初年度は朝一番に起こされました。炊事、水汲み、薪割り。お茶をわかし、掃除、さらに子守りまでです。入浴も親方、兄弟子の順で新弟子は最後です。大工仕事の内容はおおよそ、一年目は穴掘り。二年目は削り、木ごしらえ。三年目は細工物。四年目は番付、墨付。五年目は床、書院、長押、丸太もの。という順序です。

四年間の見習奉公と一年のお礼奉公を勤めると年季明けです。その時、親方によっては大工道具一式、衣裳類一式を贈り、お祝いをして送り出したそうです。厳しさの中の人情によって職人は育て上げられたのです。

女性の大工さんも立派に育ってくれることを願わずにはおられません。
降幡廣信