
住まい再考

九月十五日は「敬老の日」でした。「多年にわたり社会に尽くしてきた老人を敬愛し、長寿を祝す」国民の休日です。
日本の六十五才以上の人口は年々増え、二千万人を超えて、現在十五才未満の年少人口を上回り、ともすると高齢者が敬遠されがちな昨今です。しかし敬老の日の当日は、メディアを通じて、敬老に相応しい老人の方々を多くお見受けしました。又、周辺におられる老人に対しても敬愛の念を新たにさせられました。さらに、今は亡き、懐かしい老人の方々が思い返されたりもしました。これも、敬老の日のお陰です。
その方々から共通したものとして感じられ、又思い出されるのは、長い人生を生きたゆえ、自ずと身についたと思われる心の安らぎです。それは若い人や人生経験の乏しい人からは醸しだされないもので、老人の、顔の表情や動作や言動の端々を通して伝わってくる穏やかな安らぎです。
このようなことは、そのまま住宅にも当てはまると思うのです。新しい家にはないが、古い家にはあるあの"何か"です。
同時に、あの人気映画「男はつらいよ」の主人公、寅さんの作品に出る東京の下町、葛飾は柴又にある団子屋が思い出されます。
そこは、何代も住み続けられた古い家です。そこに相応しい人のいいオヂオバ夫婦と、気心の知れた妹が暮らしている家です。旅に出た寅さんが突然帰りたくなるのも、生活のにおいがする家と、そこで暮らす家族の心のあたたかさに触れたかったからではないでしょうか。そこは寅さんにとって、気持ち休まる最高の場だったのです。この気持ち休まる場が、住宅にとっては、必要欠くべからざる条件だと思います。
新しい住宅には、現代的な感覚や機能はありますが、心休まるものが乏しく思えてしまいます。一方古い家には、寅さんが旅から持ち帰った心の中のいろいろの問題を受け止め解決してくれる、そんなあたたかさがあるのです。それは、長い人生を生きた老人だから持っている穏やかな安らぎと共通していると思えてなりません。
敬遠されがちな古い家にも是非「敬老の日」にあやからせてやりたいと思う昨今です。
降幡廣信














