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住まい再考

【164】 「住まいと躾」


最近の新聞が、小中高生の校内暴力や非行犯罪について伝えています。以前から問題にされながら、一段と悪くなってきたというのです。

この対応は、学校や家庭のみならず、社会全般の問題として受け止めるべきでしょう。

同時に、今日の「住宅」のあり方も決して無関係では内容に思えてなりません。

昔から日本の家庭においては、子どものための「躾」が大事にされ、「躾」という言葉を常に耳にしてきました。そして「躾」を習得する日常の家庭教育の場がありました。

「躾」とは、書いた字の如く「身の美」です。身体の姿形その行動。さらに言葉の話し方や内容に、日本人らしい美しさを備えるための家の教えです。しかも、日常生活の中で、殆ど無自覚に、無意識に自然と身に付いたのが「躾」の特徴です。

今の日本の家庭は「躾」を忘れてしまった感すらいたします。「躾」のための場を、今の住宅が、捨てたりないがしろにしている事にも起因していると思うのです。

日本の近代化は、明治以来西欧の近代技術や思想によって進められてきました。住宅も然りです。特に戦後、アメリカ流の機能主義によって日本の住宅はすっかり変わりました。かつての暗さ、不便さは解消され、明るい便利な住宅に変わりました。同時に、今の時代では意味がないといって捨てられたり、脇に寄せられたところに、実は「躾」の上で大変大事な場が多くあったと思えてなりません。

例えば「敷居は踏むんじゃないよ、父ちゃんの頭だからね」というように「躾」の場は家の中に多くありました。

特に神棚や佛壇は、「躾」の中心でした。幼少のお祝いには、新しい服を着て神棚や佛壇に手を合わせ、卒業の時は免状を供えてご先祖に報告するといったことが日常に行われていました。

正月のために、「鏡餅」を神棚、床の間、台所、井戸などに供え、神を迎える気持ちを表す手伝いをしたのも子供達でした。門松、「しめ飾り」もそうです。又、女の子は掃除や正月料理のお手伝い、というように生活の中で「躾」を身につけ、大事なものを学んできました。併せて、悪いことすれば罰が当るといった神秘的なものを家の中から教えられていたのです。
降幡廣信