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住まい再考

【167】 「戸締り」


春はもう目の前です。冬は、戸を締め切って寒さの侵入を防ぎ、狭い部屋で炬燵を囲むというのが、昔からの日本の生活でした。生活内容が変わった今も、そんな気分は同じです。

春になって、ぽかぽか陽気になりますと、締め切っていた戸を開け放ち、春の明るい空気を室内一杯に取り入れる生活に変わります。四季がはっきりとしている日本の生活ならではの変化です。

一方、この季節になると、「空き巣」が多くなるということを聞きます。春になると、気分もうかれて、開け放った建具の戸締りをうっかり忘れてしまうことがあるからです。そんなところを空き巣狙いが探っているのです。要注意です。

日本の戸締りは、西洋と比較した時、有りて無きに等しき簡単なものでした。今もまだ気休め程度の戸締りで済ましている家は、地方には多く残っています。

わが国に錠が登場した歴史は法隆寺の建設当時に至ります。中国から導入されたのでしょう。門の鍵と、蔵の鍵の記録が残っているそうです。ちなみに、エジプトでは紀元前二〇〇〇年にまで錠の歴史は坂上りますから日本と西洋の錠の歴史の差が、今日の錠の生活の違いに大きく関係していると思えます。

わが国で、一般庶民の間に使用されるようになったのは、中世から江戸時代にかけての蔵の扉からだと云われます。しかし当時の錠は機能的には不完全で、むしろ「封印のシンボル」だたり、商家の「富の象徴」的意味合いが優先されていたようです。そのために蔵破りが横行していたといわれます。

「富の象徴」の蔵でさえその有様でしたから、一般庶民の住宅では錠とは無縁な生活だったことがうかがえます。

昔の錠のない生活はどんなだったかといいますと、家の中に必ず人がいて閂(かんぬき)や心張り棒をはずしてあけてくれたのです。家には老人や子供がいたり番頭や女中が寝とまりしていた時代でしたから、誰か、家にいて対応してくれたのです。もし家中がるすをする時は、頼まれた留守番の人が家族以上に温かく応対してくれたことが想像されます。今日の留守宅の冷たい錠の応待と比較した時、考えさせられるものがあります。
降幡廣信