
住まい再考

便所の水洗化のために各所で土が掘り起こされて下水工事が進められています。すでに水洗便所の快適さを味わっている家庭も多くなりました。
日常生活にとって欠かせない排泄物は、大昔から水に流す方法と、どこかに溜めてから処分する方法とがとられてきました。我が国でも厠(かわや)は川屋の意味で、水の流れの上で用をたし、水に流す方法でしたから原始的な水洗式便所です。
水洗便所としての装置は、古代エジプトやギリシャに早くから発達していました。古代ローマ時代のポンペイの遺跡の水洗便所は、見る人に目を見張らせる程の出来ばえです。
しかし、不思議なことにその当時、衛生設備を発達普及させたローマ帝国が、北方未開の民族に侵略され、文化は振り出しに戻ってしまったというのです。当然、便所も逆戻りして、原始的方法は中世に至るまで続きました。
フランスのルイ十四世が贅を尽して造り上げたヴェルサイユ宮殿にも便所はなく、王様も腰掛の便器で用を足し、汚物はその都度始末されました。周囲の人々は香水入りのハンカチで鼻を押さえていたといわれます。
時代は下りますが、我が国の代表的建築である桂離宮の便所は、畳敷きで床の間付きです。掛軸が掛けられ、花が生けられました。しかも、大便器は漆塗りで、床下に白砂の入った箱がおかれ、用が終るとその都度床下へ入って箱を取り替えたというのです。どこの国でも、排泄物の処理には苦労し、工夫をしたことが窺えます。
十八世紀を過ぎるまでは水洗便器らしいものは出現しませんでした。一八四七年ロンドンの大下水道の完成を契機として、水洗便所の考案が活発になり、種々のものが製造される時代になりました。
その最大の課題は、下水の臭気を室内に逆流させないための工夫でした。そのための方法として便器に開閉自在の機構を設けることに多くの発明家が知恵をしぼったのです。こうしてできたのが便器の排水溝に手動で栓をして、排水溝から逆流する臭気を遮る便器でした。
以後、改良が重ねられ、排水溝に水をためて臭気を遮るトラップを組み込むことで飛躍的な進歩がもたらされました。
今日、快適性を住まいに求め、居心地の良いトイレが作られる時代になりました。しかし、臭気を遮る便器があって、はじめて実現できることなのです。
降幡廣信














