会社概要

住まい再考

【170】 「便所(二)」


前回のフランスのヴェルサイユ宮殿と日本の桂離宮の便所の生地で、桂離宮をヴェルサイユ宮殿より後の建築のように書きました。共に十七世紀ですが、今日みられる姿になったのは桂の建造の方がやや先でしたので訂正します。

両者の例を通じ、どこの国でも昔から便所に苦労したことを、改めて知らされます。

日常生活にとって必要欠くべからざる場でありながら、不潔感が伴うために、家の中で最も狭い部屋である便所にどれ程の努力をしてきたか知れません。

そのことは場所の呼び名からも伺えます。便所・手洗・厠・ご不浄・雪隠・憚り・東司等あげていけばキリがありません。そこには遠まわしに呼んでその厄介な印象から遠避ようとする配慮が伺えます。

それぞれの使われている文字も深い意味があるようです。

便所の便は郵便の便で、おたよりという意味が含まれています。厠は、川屋で用を足して下の川に流した水洗便所のはしりだとも云われます。一方、厠は側と々意味で、そこは家の中央でなく、側面や裏側に設けたことから呼ばれたという説もあります。

家相の上でも一番うるさく云われるのが便所です。不浄の場であるために、どの方位からも喜ばれていません。特に、鬼門(東北)と裏鬼門(西南)の方位では大凶とされ、設けることを禁じられていました。どこへ配置しても臭さと不潔感のために邪魔にされてきたのが便所です。

ですから便所が水洗式になり、臭気から解放され清潔感をもたらしたことは、生活を根本的に変えることになりました。

思い返しますと、明治、大正時代の家の汲取便所は、家から突き出して造られました。農家なぞでは、別棟にして臭気を遠ざけました。昭和の時代に入りますと、改良便所の普及によって、玄関の脇につけられた家が多くなりました。そして水洗式の今日は、自由にどこにでも設けることができる時代になったのです。今やあの厄介ものだった便所が、明るく楽しい所にすらなりました。

昔から、この地方では上雪隠という客専用の便所が、客間の縁側から突き出して造られていました。どなたも同じでしょうが他処のお宅へお伺いして、便所をお借りするときプライバシーをのぞく思いがして躊躇してしまいます。

便所は個人的性格の最も強い場だからでしょう。
降幡廣信