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住まい再考

【187】 陰影


先日、東京上野の博物館で、「中国国宝展」を見て感心させられました。部屋全体は蛍光灯の照明でしたが、個々の仏像は白色電球のスポットライトで立体的に浮き立って見え、強い陰影が個々の仏像を大変魅力的にし素晴らしくしていたのです。

帰りに、特に印象的だった仏像の絵葉書を買い求めてガッカリさせられました。これがあの仏像なのかと思う程の違いです。白熱電球のスポットライトを消して部屋全体を照明している蛍光灯のみで写したのでしょうか。絵葉書ですら仏像の正常な姿を見せるために陰影を消して写したのもわかります。しかし、平面的になってしまって先程の美しさはどこからも感じられませんでした。それは形だけでなく色にも原因がありました。太陽光に近い白色のスポットライトが青みがかった蛍光灯に変わったために、健康的で生き生きした仏像の姿が、絵葉書からは消えてしまっていたのです。

最近の日本の住まいからは、かつてあった日本独特の落ちつき、そして奥床しさ、という心に触れるものが乏しくなっているように思えてなりません。その原因は、日本人が洋風化の流れの中で効率を優先し、明るさを追い求め、暗さや陰影を追放してきたところにあると思うのです。

外観からもそのことが伺えます。強い日射しと多い雨に備えて、日本の建物は深い軒や庇を特徴としていました。そこから生まれる深い陰影が、建物をどんなに落ちつかせていたか知れません。しかし、今日の建物の外観は単純化されて随分変わりました。

内部に入ってもそうです。かつての日本の住宅にあった無駄な空間はなくなって実用的になり、暗さは追放されどこまでも明るくなって大変便利になりました。しかし、昔の家にはあった陰翳が、今の家にはなくなって明るいのみの住宅に変わったことに不安を感じざるを得ません。

谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」に、「われわれ東洋人は何でもない所に陰翳を生せしめて、美を創造するのである。(中略)美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にあると考える。夜光の珠も暗中に置けば光彩を放つが、白日の下に曝せば宝石の魅力を失う如く、陰翳の作用を離れて美はないと思う」とあります。

暗さがあってはじめて明るさも引き立ち生かされるのです。
降幡廣信